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立里荒神・龍神温泉ツアー5. そして高野蕎麦「天宏」

高野蕎麦 天宏」お座敷の床の間風あしらい。落ち葉を散らして、秋。
天宏 床の間風のあしらい。

季楽里 龍神」で、茶がゆとパンという変な朝食(私のチョイスが問題)を済ませた後、
ロビーのカフェで、とぉっても気になっていたのが抹茶ソフトクリーム。
季楽里の特濃?抹茶ソフト。 
濃いのはお茶でソフトクリーム自体は・・・、サッパリした豆乳系の味でした、300円。
その後、龍神より車で10分程度の小又川温泉深山荘」に向かう。
小又川温泉 深山荘外観。
小又川温泉「深山荘」
深山荘」は山荘風の宿泊施設で、秋篠宮殿下も独身時代に宿泊なさったそうだ。
脱衣室は古いけれど、小さい浴室も朝一番、すでにお掃除は済まされ、
椅子や洗面器も整えられている。
緑が美しいお風呂。源泉も勝手に投入してみる、あちゃっちっち!
深山荘、お風呂。源泉を入れてみる。
温泉も療養泉だけあって、龍神温泉よりとろみがあって、肌にまったりする感じ。
小高い山の斜面にある風呂場の窓からは、小又川の集落が見下ろせた。
清潔で、懐かしいような古さが残った館内は、1泊10000円ちょっと、季楽里と同じ。
う~ん・・・、正直、かなり難しい料金設定。
季楽里と同じシャンプーを使っていると思ったら、経営母体も同じだったのね。
う~ん・・・、それならいっそ、施設に見合った価格設定にしたらいいのに。
赤字経営が嵩んで万が一、閉鎖にでもなったら、せっかくの良泉、素朴な風袋、
もったいなくてしょうがない、けど、民業圧迫の兼ね合いがあるんだろうか。

再び龍神温泉まで戻って、さぁ、一路スカイラインで高野山まで戻るぞ、その前に。
気になっていた看板「特濃ソフトクリーム」を、カフェゆず夢で買う。
ケーキのショーケースを横目で見るも、ソフトクリーム350円。
カフェゆず夢の特濃ソフトクリーム。 手焼きワッフルに入ってます。
濃厚!うっま~。ハーゲンダッツの濃厚さを残しながら、甘さを控えめにしたお味。
会社近辺にあれば、しょっちゅう手が出てヤバそうだ、でも、近くに欲しいぃぃい~!!
ソフトクリームを食べながら川辺で遊んで、今度こそ一路高野山へ。
で、お昼ご飯。

高野蕎麦 天宏の外観。
高野蕎麦 天宏の外観。
高野山に無いのが不思議だった手打ち蕎麦屋、出来たからには是非とも食べたい。
ガソリンスタンドのある交差点を入って、細い道へと右折。
のれんがはためく古い町屋がお蕎麦屋さん、「高野蕎麦 天宏」。
座敷は満席、三和土に置かれたテーブルにつくと風が通って心地よい。
二八と十割の二色盛を、と注文したら、手打ちがもう無いという。
え?手打ちは数量限定で、後は機械打ちだったの?
ポットごと置かれた麦茶をすすり汗も引いた頃、出て来た盛り蕎麦は黒々としている。
天宏 もりそば。しかも大盛り。 しかも大盛りを注文かい。
ワサビをしょりしょり擂りながら、ぞぞぞとたぐる、う~ん。
かえしは何が効いてるという突出した風味はなくあっさり、バランスの良い品の良さ。
う~ん、美味しいんだけど、蕎麦が端正すぎるというか・・・、飽きがくる。
かえしは好きな味なので、味覚的に、ではなく、歯触り舌触りに飽きるというか。
いっそ、具のある汁そばの方が、私には好きな蕎麦かもしれない。
店内の設えが楽しくて、季節毎に衣替えをするんだろうか、もう秋だった。

そうだ、秋を捜すツアーだったのに、どこも陽射しがきつくて思った以上、暑かった。
でも所々、ほんの僅かにモミジも色づき、秋は密かに始まっていた。
全山、錦を織りなせば一挙に季節は巡り、厳しい冬はあっという間だ。
8月下旬、今はまだ、高い樹の上でひぐらしが時雨を降らす。
季節の終焉を告げる、ひぐらしの静かな命が。
 高野山霊宝館前のもみじ。秋がひっそりと始まっている。
 高野山霊宝館前のもみじ。色づき始めた。
※紀伊半島に甚大な被害をもたらした台風12号(2011年)から、早、1年。
 不通の道路や崩落した山の斜面、そちこちに傷ましい風景がいまだに残っています。
 店や宿、観光施設には「東日本大震災」の募金箱が置いてありました。
 ご自分たちのための募金箱を置いていいのに、喜んで協力するのに。
 私に出来るのは精々が村々の特産品を買って、あちこち立ち寄ることだけでした。

この遠足に関連した過去記事、関西圏サイトマップは、コチラです。
この旅行記は8月下旬。お彼岸も過ぎた今日、さすがに涼しくなった。
9月中旬、「今度こそ秋だぞツアー、洞川温泉」では、秋が足早でした^-^


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立里荒神・龍神温泉ツアー2.

雲海ビュースポット。人が集まるのか、道路幅が広くなっている。
雲海ビュースポット。季節になれば、人が集まるのか道路幅が広い。
さて、野迫川村の貴重な外食処「グリーン」脇、立里荒神と看板のある急な登り道を
アクセルふかして立里荒神社についた頃には、西日が差して茶店は全部、店じまい、
数カ所に分かれた駐車場も、閑散としている。
如何なる異界が待ち受けているやら、と、黒い鳥居が連なる参道を見上げていると
ご神職さんが出てこられ「ようおまいり」と声をかけて下さる。
参道を降りてきた講のご一行さんが、口々に「ようおまいり」と声をかけて下さる。
立里荒神では「ようおまいり」が、ご挨拶だったか。

立里荒神社参道。
立里荒神社参道。
参道の階段をえっちら登った境内は、山の上とはいえ、狭い・・・、想像以上に。
以前は塩や酒、生肉を境内に撒いてお参りする講もあったそうだけれど、今はない。
玉砂利が敷き詰められた狭い境内は、杉の大木が放つ湿気に包まれて清浄だ。
土台から打ち直したのだろう新しい本殿は、木を切らず、軒を穿って成長を妨げない。
お社の軒。木のために穿ってある。良寛様みたいだわ。
高野山、吉野、熊野三社を始め、十津川の玉置神社、天河神社、そして立里荒神
紀伊半島の中心にある山岳地は、パワースポットの宝庫だ。
恐らくは、高野・吉野という龍脈を、時の政府が手中にする以前からの、
いや神武東征以前から住み着き、独自の文化を持っていたろう人々の聖地だ。
けれど今は、昔々の阿鼻叫喚は地に吸い込まれ、巨木が静かに慰撫するのみだ。

参籠所の食堂。部屋からも清々しい木立が見晴らせるんだろう。
部屋からも、清々しい木立が見えるに違いない。
参道の入り口に参籠所がある。木の香も清々しい新しい和風建築だ。
食堂もあって、麺類、おでん、カレー、アルコールなども置いてあった。
二度とは来ないだろうと、参籠所で山菜うどんを食べることにする。
参籠所は1泊2食付きで7000円。この美しい出汁で作られたお夕飯は、どんななんだろう。
お精進なんだろうか、それとも、定食みたいなんだろうか。
それを知るために泊まりたい、そう思える美味しいお出汁だった。

冬には休業する「ホテル開雲荘」の「山の上温泉」に入湯しようと、大急ぎで向かう。
周囲は白樺林(植林している)だ、でも、目もくれない、何せもうすぐ17時。
山の日暮れは早い、温泉から出て、高野山まで帰りつく頃には暗くなりそうだ。
と、ホテル開雲荘の寂れた雰囲気に、嫌な予感。
が~~~んんんん、改装のため休業中!!
高野山、龍神、野迫川ラインを巡って、温泉、一つしか入ってない!!
(奈良~和歌山にかけての山間に優秀な温泉が点在しているんです。)
日帰りで野迫川村&龍神村というのが、土台ムリだったのだ。
もう、泊まろう、うん、泊まろう。
しかし、ここは見渡す限り山、山、山。
高野山、龍神温泉以外、ケータイはず~~~っと「圏外」。
立里荒神参籠所に戻り、10円公衆電話を借りる。(通話時間リミットのスリル、懐かしい。)
選択肢は限られている、カード支払い可の宿しかない。
だから、ホテルのせ川も龍神の老舗宿も小又川温泉の療養泉の宿も、
温泉がないから今日は泊まらないけど、立里荒神参籠所も、ダメ。
結局、朝一番で立ち寄り入湯した「季楽里 龍神」に泊まることになってしまった。
こんなことなら、違う立ち寄り湯に入っておけば良かったーーー!
 ホテル開雲荘近くの白樺林。養生しているのか、網に囲われてて入れない。 
 ホテル開雲荘近くの白樺林。ここはどこ?って感じだけど、網で囲われて入れない。
この遠足に関連した過去記事、関西圏サイトマップは、コチラです。




立里荒神社・龍神温泉ツアー1.

昔々、「○日間連続熱帯夜、記録更新」てなニュースがあった気がする。
25度どころか30度超えが当たり前の今、昔は涼しかったんだなぁと感慨深い(笑)
白露になっても、夏の猛威いまだ去らず。
秋が来ないなら、コッチから捜しに行ったるワイ、奥高野・立里荒神である(笑)
「奈良の北海道」と言われているのだ、大阪平野より涼しいに決まってる。
立里荒神でお参り後、近畿の温泉標高No1(1200m)の「雲之上温泉」入湯、のつもりが
ツレのたっての希望で、龍神温泉まで行くことになってしまった、日帰りなのに。

おーい雲、と思わず叫びたくなる、広大な山々の連なり、走る雲の影。
おーい雲、と思わず叫びたくなる、広大なる山々の連なり、雲の影。
7時前に出発、真言宗総本山・高野山を経て、高野龍神スカイライン沿いにある
村の出店(道の駅みたいなの)のそちこちで休憩、龍神温泉についたのは10時くらいか。
元湯は混んでいるから、「季楽里(きらり)」の立ち寄り湯開始時間までの暇つぶしに
道の駅「木族館」で朝食休憩。
11時、宿泊客は出発したし、独占浴!と思ったら、
さすが美人湯で名高い龍神温泉、ぽつりぽつりと相客がいらっしゃる。
ぬるぬる感を楽しむなら、新湯投入の量が多い内風呂。
露天の方はすぐ道路なので景色はなし、それでも緑陰と木の香は楽しめる。
運転があるから朝酒抜きの朝湯を楽しんだ後は、懸案の立里荒神へ、いざ。
その前にホテルのせ川でお昼を食べて、特産干し椎茸を買うつもり。
※形は劣るが、どんこのように肉厚で香り高い。味は、贈答用一級品にも比肩する優れ物。

映画のセットに使えそうな野迫川村の廃校。
映画のセットになりそうな、野迫川村の廃校
スカイラインから村の入り口(3個所ある)を間違えたか、村内移動が遠い遠い。
2012年2月に行った時には雪景色だったから、そこが通った道なのかどうかも解らない。
12時過ぎに龍神を出てヨユーのはずが、ホテルのせ川到着は13時を過ぎた。
昼食休憩後、冬にまた来るだろうってことで入湯はパス、
フロントで干し椎茸、素麺を買って、立里への道と豆腐屋さんの営業を確認する。
前日、電話をするが通じず、当日もアンテナが立つ微妙なタイミングを縫うも通じず。
ホテルのせ川は相変わらず親切で、快く豆腐屋さんに電話してくれたが
お豆腐も揚げも全て売り切れ、凍み豆腐だけが残っているそうなので、先ず買いに行く。
2011年の台風12号の爪痕も生々しいのに、村の道は、この間の大雨で崩落して不通。
再度、ぐねぐね道を登ってスカイラインへと迂回し、
再度、スカイラインから、ぐねぐね道を下って高野豆腐伝承館へ。

高野豆腐伝承館外観。館ってほどでもないか。看板にも「試食」と書いてある。
せんとくんもお薦めする「高野豆腐伝承館」 館ってほどでも(笑)
これしか残ってないけど食べて、と奨められるままに木綿豆腐を味見させてもらう。
甘い。冬にホテルのせ川で食べた鍋物に入っていた木綿豆腐、これが美味しかったのだ。
この豆の旨味が舌に甘い木綿豆腐と絹揚げ、買いたかった。
高野豆腐の伝統的製法を復活させた「凍み豆腐」を、調理法を聞いてから購入。

異界へと導かれる心地がする野川弁財天。この階段途中に子ワンコがお昼寝してた。
異界へと導かれる面持ちの野川弁財天。この階段途中に子ワンコが昼寝してた(笑) 色鮮やかなお社と、美しい木立。
           色鮮やかなお社と美しい木立。
ついでと言っては何だが、すぐ近くの野川弁財天にもお参りをする。
高野豆腐伝承館で油を売ってたおっちゃんが、おじゅっさん(お住職)らしい。
ある部分、というかどうみても不思議な場所で、弁天さんの御力を疑うわけではないが、
御縁があれば是非、行かれたし。財運に灼からしいので・・・、う~ん(笑)
人を見たら逃げる、子犬らしからぬ子犬にかまいたくて気が付いたら3時半やん!
なんだか、山の端を照らす陽が黄味がかって、はや夕陽っぽいんですけど。
日帰りなのに終わらない、立里荒神はまた明日(笑)
清流・日高川@龍神村 ほんのり色づいた葉っぱがある!
清流・日高川@龍神村 ほんのり色づいた葉がある!
臨時休業もあるから電話連絡が確実、味も確実な「高野豆腐伝承館」のHPは、コチラ。
※凍み豆腐は、いわゆる「高野豆腐」。木綿豆腐をスライスして寒に晒す。
 豆腐が凍ると「高野豆腐」になるのか!市販品よりドッシリ、食べでがありました。

龍神温泉(@和歌山県)観光協会のHPは、こちらです。
野迫川村(@奈良県)観光案内は、コチラです。
この遠足に関連した過去記事、関西圏サイトマップは、コチラです。




バーチャル避暑・雪中高野山@和歌山県

高野山駅。お寺風の木造建築は風流だが、しんしんしんしんと寒い・・・。雪の高野山駅。ふきっさらしで構内も寒い・・・。
暑い。赤道直下のバリが慕わしくなるほど日本列島が暑い。
暑いのに、やたらと騒がしいので余計に暑くなる。だから、バーチャル避暑。
逃げた先は深山高野山、さらにその奥、野迫川村は「奈良の北海道」と称される。
村営の温泉宿「ホテルのせ川」もあるから、晩夏の雪見風呂としゃれ込むか。
実際に行ったのは、記録的寒気団が日本列島を覆った日。
雪ありますか?と予約時に暢気に尋ねたら、雪だけはあります、とはお宿の返答。

霊宝館一部。建物自体が文化財で、とても寒い(笑)
霊宝館一部。雪が降り続けるので、寒くて写真がない。
野迫川村に絡めて是非に行きたかったのが、立里(たてり)荒神社。
が、立里荒神行きバスは荒天で運行中止。バスの予約時にもそう言われてたし。
(高野山駅から出る立里荒神行きバスは、オールシーズン要予約です。)
地元の方々の予想が大方そうだったので諦めはつくが、はて?
元々、立里荒神からの帰り途中まで、宿の車に迎えに来てもらう予定だったのを変更、
高野山まで客を送る便に拾ってもらい、とっととチェックインすることに。
けど、それまでどうやって時間をつぶす? しんしんと雪が降る高野山で。
ケーブルカーで一緒だった人たちは、一体、何をしにどこへ消えたんだ。
雪中、ぽつねんと取り残され、寺よりかは暖かろうと「霊宝館」に向かう。
受付で使い捨てカイロを手渡され「暖房はありません。」 ヤメときゃ良かった(笑)

きららな宝飾品は大好きだけど、正直、寺宝という物にあんまり興味はない。
それでも平安期の柔和で雅やかな仏像は好きだし、おっと運慶の十二神将だ、
さすがは高野山、その気になれば見応えたっぷり。
弘法大師直筆からはちゃちい複製ながら、闊達で伸びやかな精神力が息づいている。
霊宝館は宇治平等院を模した大正期の木造建築で、それだけでも一見に値するけれど、
新館に作られたお手洗いの中が、一番暖かく、そこに籠もっていようかと…。

高野山門前町。生活用品兼土産物屋が並ぶ古風な街。暖房はストーブのみ。寒い。
高野山門前町。街の生活用品兼業土産屋が並ぶ、古い街並み。寒い。
高野山内は夏でも涼しいのがウリなだけあって、冬は雪景色がデフォルト。
時間つぶしにお店に入ってみるけど、寒い。
屋内なのに、お店の方はダウンジャケットを着込んで、指なし手袋なんかもしてて、
北海道出身の友人が昔、「内地は家の中でも、寒い!!」と怒ってたのを思い出す。
ホテルのせ川のお迎えの車に拾ってもらう頃には、すっかり冷え切っていたけれど、
翌日も懲りずに、杉の巨木に囲繞された奥の院にて、しんしんしんしんと冷え込んだ。
南海電車、高野山で車輌が冷凍保存されてるんだから、もっと暖房で解凍して下さい。
節電という割に送風がすぐ入るし、万年的に寒いです。
大阪府最高峰の金剛下ろし一帯の我が家でも、高野山、野迫川と巡って帰宅すれば、
春の兆しと勘違いしたくなるくらいには、暖かく思えたんである、この時はね。
奥の院手水。注ぐ形で凍りついている。かちんこちん。触りたくもない。はい。
奥の院の手水。注ぐ水が注ぐ形で凍りつく。全てかちんこちん。
我はここ ここに生きると蝉がなく
この遠足に関連した関西圏サイトマップは、コチラです。



吊り橋アドベンチャー@奈良県十津川村1.

種々思うところありまして、弾丸どころか白旗状態、
お訪ねしたくても腰が重くて、本当に申し訳ありません。
しばらく紀伊半島の旅行記を書いていきたいと思っています。
とても思い入れタップリな長文が続きますことを、まずはお詫びして、
お目にとまった記事がございましたら、お心に止めて頂き、
紀伊半島にエールを、さらにもう一つお願い申し上げます。
言っとくけど、長文でっせ~!読んでってや~!!

谷瀬の吊り橋。もやで見えないか。
奈良県十津川村は、日本(実効支配内)最大面積の村。
そのほとんどが山々の広大な連なりで、その広大な山々がこれまた
和歌山の広大な山々と繋がり、奥深く果てない山地を紀伊半島に形成している。
この折り重なった山々を縫うアスレチックなR168をドライブすると、
日本列島のジオラマに、ポツリと存在している私、という気分にもなれる。
さて、その十津川村はアクセスの不便さで、今もって「秘境」の名を恣にしている。
いや、村の方々は「秘境」なんか返上したいのだろうけれど、
酷道にもメゲず訪れる人間にとっては、秘境であるが故、訪れる価値があるのだ。

生活感いっぱいの湯の原橋。チュートリアルが悲鳴を上げたらしい。お家の土台の高さを見て下さい。2階建てが2軒は積める
大きく蛇行する十津川は、残念ながらダムのせいで、決して清流ではない。
それでも、支流は清冽に透明、夏でも指が痺れるほど冷たい。
長さ297m、高さ54m、日本一の吊り橋、「谷瀬の吊り橋」があるのも十津川村だ。
今でこそ、観光客で渡りづらい時もあるけれど、子供の頃、初めて来た数十年前(笑)、
この長い、ぐらんぐらん揺れて吐きそうになる吊り橋を、
地元の子供は駆けて行き、大人たちはバイクで悠然と走り抜けて行った。
狭い暗い高いが恐い三重苦の私は、10mで勇気が萎えて渡り果せたことがない。
ここだけでなく、川沿いを車で走っていると、ワイヤーを川に渡しているのに気付く。
吊り橋の残骸か、野猿という人力ロープウェイの名残かと思っていたが、
川原に降りて見上げると、それは、やっぱり現役の吊り橋なのだ。
渡してある板があまりにも狭く、横から眺めると風景に溶け込んで橋に見えないのだ。
板が腐って、あと1.5㎏太ったら踏み抜いてしまう!ってくらいスリリングな橋もあるし、
おまけに、何の用があって渡るのか、渡った先に一体何があるというのか
ミステリアスにもアドレナリンが逆流してくる。
高い入園料を支払ってでも叫ばずにはいられない、絶叫マシーン中毒の方には、
是非、おすすめしたい。
スリルは、己の身体能力と想像力でとことん極めるのだ、しかも無料だし。

下地橋。ここを抜けると...、学校がありました^-^
地元の中学生さん達が作った吊り橋マップが、ニュースになったこともあるし、
そのマップでチュートリアルが橋巡りする番組もあったし、吊り橋マニアさんもいる。
地元のおばちゃんが「撮影で、タレントが手ぇ引かれな、よう渡らんかった」というように、
前にも後にも動けなくなって、どうにかして!と叫んでしまう橋もある、んだけど、私・・・。
手を引いてくれようとした人を、信用してない自分に気が付いた。(脳内火サス)
もちろん、そんな人間との関係は続きっこない(笑)
自分の気持ちが解らない、そんな時の秤にもなる吊り橋のある村なんである。

池穴橋。この先は一体、どこ?何?
台風12号がもたらした被害の凄まじさに、胸がつぶれそうだ。
大自然、と私は書くけれど、紀伊半島のこの一帯は杉・檜の植林地だ。
雑木・・・、本来の常緑広葉樹林は消え失せ、根の浅い杉が山を埋め尽くす。
豊かな水は山のそちこちからこぼれ、名もない滝を生み出すその土壌が、
この大惨事の一端なんだろうか。
脈動する地球の、微少な呼吸一つが人間にとっては過酷であり、恵みでもある。
未だ被害の全容を掴みきれないのは、この地を訪れたことがあるなら容易に想像がつく。
山は深く、人間の連絡網は脆弱だ。
けれど紀伊半島を訪れたなら、その風光明媚にきっと惚れ込む。
アクセスしやすい個所から、多くのボランティア達が駆けつけている。
被害が凄まじかったから、気の毒だから。きっと、それだけじゃない。
川で遊び、山に入り、集落を訪れ、紀伊半島が産み出す澄んだ気と風に触れた人達が、
一刻も早くまた訪れたい、そう願っているからだ。
復旧してすぐじゃなくても、ずっとこの先でも構わない、
これを読んで下さった方々の旅行日記に、いつの日か十津川訪問記が加わりますように。
紀伊半島を、魂の故郷だと想う私の願いを込めて
今春、旅した紀伊半島日記を、今度こそ弾丸更新いたします(笑)
長文にお付き合い下さり、有難うございました。
台風12号で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。
余りのことに、お慰めする方法もないことを、ただただお詫びするばかりです。
一時も早く、安全で心穏やかな生活が戻ることを心より祈念して、
十津川村観光協会のHPは、コチラ。
池穴橋のあった集落。ご無事だろうか。
国内旅行の過去記事一覧は、コチラです。


青丹よしの夢野原/平城宮跡・奈良県

東院の庭園。万葉集を参考に、植物を選んだそうだ。
近鉄電車奈良線で奈良に向かうと、市街地が切れ、だだっ広い野原を横切る。
休日ならば、ボール遊びの親子やサイクリングする人の姿が見える。
奈良中心部に近い、この唐突に贅沢な空間は、特別史跡「平城宮跡」。
近鉄電車奈良線は、世界遺産にもなった史跡を横切る、希有な路線なのだ。
史跡だし(笑)、ジオラマみたいな復原建築物には興味なかったし、
目的は、ただ自転車でお出掛けしよう、そんなことだったと思う。

近鉄奈良駅から自転車で30分くらいだろうか、平城宮跡の南東端「東院庭園」に着く。
恐らくは接待用御殿で、流行の最先端をいく唐様式に飾られていたであろう、とは、
清掃から説明から、何でもこなすボランティアさんのご説明。
院のあらかたを占める池は石を敷き詰め、水位が浅い。
あるかなきかの風に、さざ波をつけた白砂のように、水面を揺らしている。
いや逆だ。哲学が、自然の和えかな美しさを枯山水に閉じこめたのだ。
飛鳥の亀形石遺跡を思い出す。
この時代から人は、自然を畏れ敬うだけでなく、模倣し身近に置こうとしたのか。
万葉集の植物を植えて10年、やっと庭になってきたとボランティア氏は仰る。
日本がまだ大和で、大らかに野蛮だった時代、そんな野趣に富んだ佳い庭園だ。

大極殿。この翌日だったか、足場がとれた。
平城宮跡はほぼ120ha、「遺構展示館」「平城宮跡資料館」や復原物が点在する。
それらを巡るのに、自転車は手頃で好都合だ。
1998年に復原が完成した「朱雀門」、また平城遷都1300年祭の目玉となるだろう
「大極殿」は、緑に朱色、白壁と奈良の大きな青空に、青丹よしそのままに照り映える。
都の大門「羅城門」は、朱雀門より4Km南、今は大和郡山に流れる佐保川の底にある。
喜劇や悲劇、鋭意に愚鈍。今も昔も変わらぬ人間の波風と共に埋もれた都は、
遺構に立ち上がって見晴らしても、私には見晴らしきれない時間軸にある。
少年少女たち、恋もし、哲学もせよ。

朱雀門を出て左側、公衆トイレの近くに銅像がある。
田んぼになっていた平城宮の跡地を、私財を投げ打って買い取り、
保存運動に奔走した「棚田嘉十郎」の像だ。
今日、市街地にありながら広大な史跡を残せるのは、偏に彼の功績なのだ。
多大に評価されるべき偉人に合掌。トイレを遠くに移動しても、バチはあたらん(笑)
平城宮跡(奈良文化財研究所)のHPは、コチラ。
せんと君はどうなん?とお思いの貴方も、平城遷都1300年祭のHPは、コチラ。
レンタサイクル・JR奈良駅駅リンくんは、コチラ。(午前中に出払うことも。)
※「平城宮跡」訪問だけなら、近鉄新大宮駅のレンタサイクル便利、コチラ。
※一部、リンクポリシーを考慮し、Google検索した際の1ページ目をリンクしております。

         奈良ですから・・・。
  「朱雀門」(写真なし)は、ほんまは平屋建てやってんて~。
       しかも、造ってしもて大分経つし…。
と、鹿がつぶやいたかどうか。怒涛の更新ペースで頑張っております。
       てか、奈良強化月間な4月更新ですが、
   引き続き、コメント欄を閉じさせて頂いておりますm(__)m
また、やっちゃったよ( ̄- ̄;) バカで~。 
お願い!いつもお読み下さる優しい皆さま、どんどん書いて!(笑)








桜はらはら、金魚ゆらゆら2./奈良県大和郡山市

箱本館外観
奈良県内にあって大規模な古刹・遺跡をもたない大和郡山市だけど、
柳沢吉里(吉保の子)の善政以来、栄えた城下町の風情が残っている。
町歩きマップを見ると筋々に紺屋町、豆腐町、大工町、色んな生業の町名が残っている。
江戸時代の自治制の名残だが、自治は町民に権力と見識があって初めて、成り立つ。
大和郡山は、地力ある裕福な街だったんだなぁ。
花街の残り香を漂わせる、三層構造の木造建築や格子窓が残る一画は、その名残だ。

でも城下町よりも何よりも、大和郡山と言えば金魚
大和郡山産の金魚、そりゃ、上等モンでんな」という常套句が交わされる、
か、どうかは知らないけれど、大和郡山と言えば、金魚
ベンチやマンホールに描かれているのも金魚
お城祭りの土産物の金魚グッズはかわいいし、生金魚だって土産物だ。
そんで、大和郡山の田園都市風景が、他と異なるのが金魚畑。

新幹線で東京方面に向かうと、浜名湖周辺でふっと、目が覚める。
平らな土地に鰻の養殖池が点在している風景が、好きなのだ(鰻は好きじゃない)。
そんな感じで大和郡山では、田んぼの合間に金魚の養殖池が点在していて
金魚すくい用なのか、朱色の金魚が、その中でうようよと泳いでいる。
濁った水をじぃっと覗いていると、妙にでかい金魚もいて、あれはどうするんだろう?
鷺は遠慮もなく金魚畑に足をつっこみ、カラスはあぜ道を行ったり来たり。

金魚の街だけあって金魚自慢が多いのか、あちこちの軒先で金魚の水槽を見かける。
紺屋町の元藍染商の古民家を、情報発信基地にしている箱本館紺屋」は、
商家見学はもちろん、金魚グッズコレクションが興味深い。
箱本館のお座敷。400年前の金魚鉢。図柄がすでに金魚鉢。
金魚柄蒔絵の印籠や金魚柄伊万里の酒器、京焼きの飾り皿、明渡りの巨大な金魚鉢。
金魚の「図柄」は金魚のみを描くのではなく、棲む世界全体をも箱庭のように慈しむ、
コレクションを見ていると、そんな気がした。
土間の太い梁からも、デカイ金魚のハリボテがゆらゆらぶら下がっていたけれど、
格子越しに陽の当たる大きな水槽で、手の平ほどもあるぷっくり金魚がゆらゆら揺れる。
薄暗い土間で、高貴な愛玩物に魅入っていると、私まで水の箱庭を揺蕩うばかりだ。

※ 名残の花街同様、商家ではなく現役のお住まいなので写真は控えましたが、
  街中には瀟洒な洋館、和洋折衷の木造建築があります。
  来年!!の「お城まつり」では足を延ばして、宝物探しのようにお楽しみ下さい。
  やっぱ桜の季節に間にあわへんかった、なんでや。

箱本館のでか金魚。

箱本館「紺屋」の
HPは、コチラ。


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いつも長文にお付き合い下さる皆様、有難うございます。
忙しい、ってわけじゃないんですが、なんだか近頃、落ち着きません。
コメント欄は、追加情報やフォローのためにも開けておきたいのですが、
時として放置状態になってしまうこともあって、心苦しく思っております。
お返事が滞ると、申し訳なくってお訪ねするのも気が引けちゃいます。
(と、イイワケしてみたり...)
フットワーク軽くお訪ねし、フットワーク軽く更新もしたい(笑)ので、
しばらくは、コメント欄を閉じてみることにいたしました。
落ち着き(閉じても変わらないと諦め)次第、再開するつもりです。
それでも、ちゃんと読んでね(笑)

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[ 2010/04/15 ]   遠足・奈良/和歌山 | TB(0) | CM(-)

桜はらはら、金魚ゆらゆら1./奈良県大和郡山市

お城と桜。日本遺産の風景。
奈良大和郡山市、豊臣秀長(秀吉の弟)が偉容拡張した(大和)郡山城では明治以来、
市民が桜守となって数多の桜が咲き誇る。
お城に桜。
国指定重要文化財とも日本遺産認定ともいうべき、美しい景色を観なくっちゃ。
とは、去年の春(笑)。
更新に手間取るので、季節物は翌年にまわそうと姑息な手段を思いついたのだ(-∀-)

天守閣が昭和の再建というのはここも同じで、石垣だけが遺構、ってのも同じくだけど
このお城が面白いのは、石垣にお地蔵さんや供養塔が突っ込まれていることか。
秀長が改築する際、石不足を補うため路傍の石仏・供養塔をかき集めたとか、
いやいや、宗教勢力牽制のため、あえてそうしたのだ、とか。
私見では、織田信長方式後者の説がしっくりくるのだけど、迷惑なのは路傍の地蔵。
石垣の根元に、頭から突っ込まれた「さかさ地蔵」は、重さに耐えかねて
夜な夜な泣き出しちゃうんだそうだ。
それで供養を始めたものの、行き場のない供養塔が、今だに捨て置かれるそうだ。
名付けて「供養塔・地蔵シェルター」。
奈良は歴史が長すぎるのかして、持て余した風の地蔵や供養塔を案外みかける(笑)

化粧紙のごとき艶やかさ。城下の軒先にて。
歴史に枝をさしかける名残の桜は、はらはらと春を散らす。見上げれば、桜の天蓋だ。
甘い香りを漂わせ、仄かで贅沢な帳に包まれる、一時の夢、淡い幻。

だから、お願い。
音楽を流すという、サービスの名を借りた暴力は、もう止めようやん(笑)
梅園のウグイスとか、海辺のTUBEとか、桜の直太朗とか春の海とか。
好き嫌いじゃない、と、思う。
美しさに魅入るとき、人は自分だけの音色を聴いてはいまいか。
人は皆、己だけが見る夢に漂ってはいまいか。
美しさのその刹那、だからこそ酔い痴れさせてくれないものか、切にそう願うのだ。
     お堀端と散るばかりの桜。

※今年の大和郡山「お城祭り」は3月26日~4月9日。
 遷都1300年祭に便乗、あやかって、今年は賑わいそうです。
 桜に赤いぼんぼり、その下にはお花見席。その光景自体は、好きだったりする(笑)
 ゴミとカラオケ、胴間声さえなければ、ね。
 古書資料室の柳沢文庫と旧図書館、美麗な木造建築見学もお見逃し無く。
 大和郡山観光協会「お城まつり」の
HPは、コチラ。


申し訳ありません。なんだかんだと気忙しく、読み逃げの日々でございます。
帰宅しましたら、・・・え?どこ、って??
えっと、・・・。それは首尾良くいけば、また来年のお花見シーズンに^-^;;











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