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2013年初春文楽興業

やっぱ蛇と言えば、大神神社。宮司・鈴木寛治氏揮毫の「巳」睨み鯛に挟まれた「巳年」何というか…、大らかな書である(笑)
2013年初春文楽に初心者を連れて行くことになった、我が母である。
私の母だけあってエンターテインメントは大好き、だが古典モノには手が伸びない。
それが行きたいと言い出したのは、「仏価を得ず」(三浦しをん氏)を読んだせい、
私の母だけあってミーハーが身上なんである。
小説自体は、凡庸なエピソードを漫画チックに盛りつけた風なのが
着眼点と題材がいいだけに、もったいないと毎度思うのだけど、
回覧した先々で文楽に行きたいと、皆が言い出すので、
サスガは文楽ラブな作家さん、読ませ上手の本領発揮だ。


くいだおれ太郎の文楽人形。
クリスマス、初詣 117
さて、ご案内させて頂きましたる演目は、住太夫のご本復後初舞台、ではなくて、
本朝廿四考/十種香の段、奥庭狐火の段」の方、赤姫(姫の「王道」の総称)が華やかだし、
白狐がぴょいぴょい飛び跳ね、動きのある舞台は初心者にも飽きないはずだ。
住太夫に簑作は知らずとも、人形遣い・桐竹勘十郎が三林京子の弟で、てなことは
母も知っていて、どうせなら知っている人のお舞台の方がいいだろう、と選んだ次第。
錦秋(文楽)、顔見世(歌舞伎)と続いて、初春(歌舞伎)も控えている私としては、
初心者と一緒であっても、最後部の二等席。
人形の動きが見づらいせいか、それとも小説の影響(主人公は太夫の卵)か、
母は、義太夫節と三味線に、いたく感銘を受けていた。
私もそうだったんだよね、人形遣いのあの呼吸、あの動きの妙もさりながら、
調子を束ねる三味線にのって、義太夫節が絡みつく。
劇場空間はうねりに満ちて、観客は翻弄されるばかりだ。
アレがどうして退屈なのか、ハシモト君は相当、音楽的センスに欠けている(笑)
しかも自分の金でもないくせに、札束で頬を叩く言動ってどうなん。
おまけに「普通科入試」が「素晴らしい決定」って…、どうしたかったん!?
他 「団子売り」「ひらがな盛衰記/松右衛門内の段、逆櫓の段」
逆櫓で、私は初めて人形の「豪快さ」が解ったような気がする。

文楽初春興業に着た取合わせ。初春なんで白い帯でいっか~。
初春なので、白い帯でもいいか。
さて、成人式
今年はドラマがなかったせいか「花魁風」、てなアキレタ娘ッコはいなかった。
ヤレヤレではあるが、年々、着物がコスプレ化している実感は増す。
それでも、着物を海外の人に着せて上げたいってなお嬢さんもいたし、
自家薬籠中の着物姿となるべく、奮闘する(悪戦苦闘中の)お嬢さんもいて、
微笑ましくも頼もしくもあって、女子力アップを目論む乙女心は捨てたモンじゃない。
貢献すべくオバチャンとしては、もうちっと手を上げねばならんのだがなぁ。
息切れしたのか、自己嫌悪の度合が激しいのか、成人式着付けはしたくない、
と、凹んでいる平成二十五年成人式後、なんである。

どんな帯結びを載せたっけ、と過去記事を見たら、同じグチを言ってるよ、私。
今年は(も)帯結びの稽古が進まず、ロクな写真が無い…。
んで、初詣時の着物。出しっぱなしなんで同じ(笑) 羽織が派手なので帯上げだけグレーに。
初詣は派手な羽織を着たので、帯上げがグレー。
国立文楽劇場のHPは、コチラ。4月は心中モノかぁ…。
国姓爺合戦をまた観たいなぁ。
文楽だと荒唐無稽さが増して、一層、楽しいのに。




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[ 2013/01/23 ] 和事礼賛 | TB(0) | CM(6)

待ってました、勘三郎

京都南座、まねき看板。
京都南座・まねき看板
2011年9月、新歌舞伎座が上本町へと移転、その新開場一周年記念は、
「突発性難聴」で休養していた中村勘三郎の、快気祝公演となった。
演し物は父君、先代勘三郎も復帰公演で舞った「お祭り」(午前は「文七元結」)。

一世を風靡した「紅テント」に「河原者」のイキを見たのか、ホールを飛び出し
野外に芝居小屋をおったてた「平成中村座」。
現存する江戸時代の芝居小屋を器として、息を吹き返させた「金丸座」。
歌舞伎というタイムマシンで、江戸の、「悪所」であった芝居小屋の猥雑さと、
スペクタクルを存分に楽しませてくれた。
誰よりも彼自身が、「巧い役者」ではないことを知っていたと思う。
企画力の冴えとは裏腹に、無骨なほど懸命に己の理想に追い付こう、
己の理想を体現しようと、もがいているようにも見えた。
化粧も流れ落ちんばかりに汗をかき、よだれを落として慟哭する。
気迫の人だ。
勘三郎の魂魄に呑まれた観客席は、感情のビッグバンを迎える。
彼がやる「何」を観たかった、「何」をやらせたかった、そんな望みはなかった。
ただ、18代目勘三郎がやりたい「何か」を、私は観ていたかった。
2013年春、新装となる歌舞伎座のこけら落としは、お孫さんの初舞台、
親子三代、どんなにか同じ板を踏みたかったことだろう。
親子だからこそ、厳しい師弟であらねばならない歌舞伎役者の、
それは、甘やかな果報であったはずなのだ。

襲名祝い絵馬。私は、勘九郎ので初めて見たんだけど…。
襲名祝い絵馬。今までこんなのあったっけ??
新歌舞伎座が入るビルの谷間に、数多の幟が翻る。
「待ってました 勘三郎」。この一本に、心もいそいそ弾む。
愛嬌タップリ、魅せるお祭り男が、半年ぶりに舞台に帰ってきたのだ。
いなせな江戸っ子を、ぴしりと紙を折るような彼独特のキレで舞う。
「中村屋」「待ってましたぁ」 満場から、やんや拍手と歓声が降り注ぐ。
「待っていたたぁ、ありがてぇい」。
来春、また、その台詞を耳に出来ると信じていた。
伝説になるには余りにも早過ぎた。
歌舞伎に魅入られた、パッションの役者、18世中村勘三郎、合掌。

祝い幕。南座は動きにくいけれど、華やかで好きだなぁ。
祝い幕。南座は動きにくいけど、好きだなぁ。
まさか、こんな観劇になるとは思っていなかった「勘九朗襲名披露」の京都南座・顔見世。
ここ3年、進境著しい六代目勘九郎。
異様さのない分、武士をさせてもすっきり決まる人だ。
「寿曾我対面(ことぶきそがのたいめん)」。
丁々発止たる型の応酬、正月らしくてよいわぁ。
私は、勘三郎のいわゆる「大江戸歌舞伎」てのを観られなかったなぁ…。




[ 2012/12/09 ] 和事礼賛 | TB(0) | CM(6)

古典芸能と日本を、しつこく憂う。

夕暮れは 雲のはたてに物ぞ思ふ あまつそらなる人を恋ふとて
大和盆地の夕焼け
橋下現大阪市長が府知事時代に、文楽鑑賞後ホザキくさった(しかも公務のクセに)
「二度とは観ない」発言は、伝統芸能・古典嫌い、または関心さえない方々には、
快哉する部分もあったのではないか?
私の周囲にも、伝統芸能を敬遠なさる方々はいるが、あえてはお誘いしない。
伝統芸能を「鑑賞する方法」をお教えするのは、僭越でもあるし面倒くさいし。
おっと、「上から目線、だから!」と、お気を悪くなさらないで。
伝統芸能に限らず、案外、鑑賞ごとには「方法」があるもんだ。
サッカーでも野球でも絵画でも、映画だろうと三谷幸喜だろうとヨシモトだろうと、
面白さ、ツッコミ所、感情の波に乗って楽しむには、ツボとコツがある。
そのツボとコツを掴む要所は、やっぱり個人の趣向でしょう。
漫画も本も何も読まない、と言うコがいた。ちっとも理解できないから、だそうだ。
彼には「文字」を、3D(卑近な世界)に引き寄せる手段がなかったのだろう。
私に数字、数式の美を理解する手段がないのと、同じように。

私の小・中学時代、情操教育とは「日本を否定する」ことのようだった。
日本の絵は、遠近法もなく平板。(浮世絵にも遠近はあった。)
邦楽は、二拍子で単調。(五線譜に落とし込もうとするから単調になるのだ。)
歌舞伎は荒唐無稽。(確かにw だけどシェークスピアだって相当でしょ?)
欧米に汽車が走り出した頃、日本は駕籠を担いでいた。
(比較してどうする。王侯貴族が手づかみで食事していた頃、日本では誰もが箸だった。)
日の丸、君が代問題は今に始まったワケじゃない。
日本の伝統文化・歴史は、旧弊で不合理で抑圧的だと、教師達は口を揃えて貶めたもんだ。
そんな教育で、どうして日本の文化を観よう、触れようという気になれるだろう?
どうして、日本という国を好きになれるだろう?
自分たちのアイデンティティを、どこに求めよと? それともそんな物は、不要だと?

戦後民主教育は、教師不信と反動を私にもたらし、
鏑木清方の透明な美しさに魅入り、長唄や歌舞伎のTV番組を観るとも無しに観、
ヨシモトよりも落語を好む、ババくさい子供を作った。
美術館でも歌舞伎、文楽においても私はイヤホンガイドは使わない。
鑑賞事は、目の前にある物を味わうお遊びであって、お勉強ではないからだ。
(だから、伝道者よろしくご案内するのがメンドーなのだ。)
ただ、子供たちが「関心を持てる」「共感できる」教育を、蔑ろにしてはほしくない。
ITやダンスの授業もよいのだろうが、和事の位置づけは、今、どうなっているんだろう。
バリで、子供たちのバリダンスやガムランの授業を観るにつけ、
自分たちがどんな「文化を持っているか」を知ることは、自分たちの幸福・幸運を知って、
自分たちの中に、揺るぎない根っこを持てることなのだと信じている。
ふふふ、アタクシが政権をとった暁には。
アタクシが政権をとったあかつきには・・・( ̄一 ̄)



[ 2012/10/22 ] 和事礼賛 | TB(1) | CM(6)

文楽と大阪を憂う・・・と、言ってみた。

2012年、国立文楽劇場における初春興業。満席でござんしたけど。
2012年初春。満席でござんしたけど。
大阪が誇る(べき)「無形文化遺産」文楽の関係者達と政界の風雲児??大阪市長との
和解?が一歩、進んだようだ。
大鉈を振るって脅しつけ、一転、歩み寄りの姿勢を見せつける。
劇場型首長の常套的手口とも言えようが、伝統芸能「文楽」の一ファンからすれば、
実に腹立たしくも苛立たしい、腸が煮えくりかえる日々だった。
もっとも橋下市長にとっては、「古典を見る人間は変質者」らしいので、
(大阪市民でさえない)変態の怒りなど、知ったこっちゃなかろうが、
ご高説の意気も軒昂が過ぎて、切らんとする「文楽協会」も「文楽」もごちゃ混ぜ、
何をしたいか何をすべきか、自分の言葉に迷子になった風は、どうにもいただけない。

彼が異常扱いする古典には、古典たりえる存在理由がある。
日本人としての美しい挙措の基本が「能」にあるように、
「大阪」の言葉、音の美しさの基本は「文楽」にある。
「古典」とは日本の風土が育み、また、日本の風土を育んできた養分、
日本人としての有り様の拠り所、指針でもあるはずだ。
侘び寂びの芸事に触れずとも、日本が慈しんだ独特の美学は日常の傍らにこそある。
湯の沸く音に風を聴く、空白が生む色の彩、無音の余韻。
日本の美があるから、だから、無神経な音と醜い色が溢れかえった街でも生きていける。
伝統、古典が体現する文化とは、そんな美を見出す力の縁(よすが)。
何を美しいと感じ、判ずるかは、美しさの如何を知ってあればこそ、だ。
無知で良しと黙認すれば、日本人としての振る舞いさえ覚束なくはならないか?

そんなだから、「曽根崎心中」の道行きを「演出不足」などとホザいて、恥を知らない。
文楽でも歌舞伎でも、時として人の死に様はエグイ。残酷趣味で過剰にグロだ。
あの「なぶり」を好まない私としては、今の「曽根崎心中」のラストは深閑として、
消えゆく命の哀切が身に染みて好きなんだけど、私人の感想ならまだしも、
公人としての観賞で差し出口なんぞ、ナニサマ!? 「首長サマ」は、興行主か金主か?
 ※現在、掛けられている「曽根崎心中」は、江戸時代以来途絶えていた上演を、
  昭和30年に改め復活したもの。近松本そのままなら、もっとグロイんでは。

雪が塗り込める闇、雪が封じ込める音、雪が凍らせる消えた命。
息詰まる終焉にどうやら、彼には何も聞こえず、何も感じず、何も見えないらしい。
そんな橋本市長には憐憫をもよおすけれど、せめてブチ揚げた中の一つでも、
大阪で成し遂げてくれないと、リッパナゲンセツが腑に落ちない。
彼の尻馬に乗った人間達は、どんな馬に乗ったつもりで、どんな乗り手となるのやら、
ノリの軽さを身上にせず、性根の据わった手綱さばきをご披露頂きたい、てか、
馬場に入場させていいのか、有権者! 
と息巻いてたら、諸々発言で支持率が下がったか。
プライベートタイムで国策。綱渡りもエエトコ、国民はビビってまうで。

アタクシに任せなさい!
アタクシにお任せなさい。
フェチに「変態」呼ばわりされる(シツコイ)「無形文化遺産」文楽のHPは、コチラコチラ。
11月公演は、通しで「仮名手本忠臣蔵」。
「衰退」、そぉお? 昨今の和事流行りもあって若い人は増えてきたし、
私が行くのは平日のお昼間じゃないから、チケットとるの大変なのよ、橋下さん。





[ 2012/10/15 ] 和事礼賛 | TB(0) | CM(4)

「雷神不動北山櫻」、成人式着付け

はり重「精肉店舗」外観これが3切れ、入ってます。お値段の価値はあって、美味しいの。
松竹座真横の「はり重」。ビーフカツサンドが好きで、文楽、歌舞伎の時によく買う。
カレーショップの方ではなく、「グリルはり重」仕様のビーフカツ。肉厚で甘い。


立て続けに観劇日記。
お正月は文楽の初日、中日に歌舞伎の壽初春興業「雷神不動北山櫻」に行ってきた。
「毛抜」や「鳴神」、単体でかかることは多くても、通しで観るのは初めて。
ダイジェスト版ばかりじゃなく、通し狂言をもっと観たいもんだ。
市川海老蔵お家芸は「ザ・カブキ」、外連味たっぷり、派手で楽しい。
ガタイがデカイせいか、狐忠信では愛らしい哀切さ(と、妖狐の身軽さ)に
ちょっと物足りない・・・、と私は見たけど、荒事はさすが、舞台映えがする。
打ち鳴らされる鉦をバックに見得を切ったら、成田屋!(声はかけません)
歌舞伎を堪能、タップリ!(声はかけません)だ。
市川海老蔵は、夜興業だけでも五役お勤め、出ずっぱり。
天晴れと言っておくけど、例の暴行事件前にも上方興業をすっぽかしてやがるし、
そのくらい見せてもらっても、バチは当たらんな(笑)
※上方スッポカシ時、鳴神上人を愛之助が勤めた。あの愛之助は凄まじかった。

初春興業 着物
初春興業で着た着物。縮緬地に匹田絞りと四季の花、兎が格子模様になっていて、
私の好きな要素がてんこ盛り。(兎はもちろん、何故か、格子模様がツボ)
帯は、白地に唐草文様の織り。双方とも伯母の下され物、有り難や。


さて、遊びの合間の付け焼き刃的お稽古は例年ながら。
今年は自己嫌悪もさりながら、成人式着付けが、つくづく嫌になってしまった。
夏頃から耳にする「花魁風」、依頼があった、成人式なのに!?
私が親なら「身を売らんで済む身分に感謝すべきを、着物を着るな、成人式にも行くな」と怒るところなんだけど・・・、
業者は下衆な見識で、あんなの本やカタログに載せないで欲しい。(てか、選ばせるな。)
無知、無邪気な子供ほど騙されて・・・、(てか、選ぶな 笑)
私も含め着物業界者は、「趣味」を育てず、珍奇な目新しさで凌ぐばかりだ。

景気のせいなのか、今年は親御さんの振り袖を着る子が増えていた。
母親世代の振り袖は一財産の時代、物が違って、質は比較にならない。
だからお母さんの着物を選んだという子、
せっかく着物を着るのだから、あえて古典柄を選んだ、という子もいて、
なかなかどうして、センスがいい。
古典柄や襲にならった色合いは、長年、日本の美意識に淘汰され
「日本の娘さん」の愛らしさを存分に引き立てる、と気付いたのは、
私の「娘さん」が、はるか昔になってから(笑) モッタイナイコトヲシタ。
母親世代はすでに着物情弱、着付けチェッカーは「おばあちゃん」
だったのが、和物懐古で大いに結構、着物好きのお母様が散見された今年、
着付師としては、それはそれはキョーフなんである。
帯結び、自己流。
「花魁風」ご希望のお嬢さんには、この帯結。
「花魁」というより、「おちゃっぴいな莫連」風になったけど、ご本人はご機嫌さんで、
まぁ、・・・、良かった・・・・・・・・・。んだろうか・・・・・・。



[ 2012/01/24 ] 和事礼賛 | TB(0) | CM(12)

初春文楽公演2012

門松もにぎにぎしい。看板は「千本桜」の道行。
古い話ですが、てか、小豆粥の小正月も過ぎたのに、年越しそばのままだし。
成人式の着付けで、年末年始もアタフタ(終わったらグッタリ)して、
ご無沙汰しておりました、ごめんなさいm(_ _)m
さて、正月はなくても大掃除はあるし、お煮染めと大根なます、叩き牛蒡だけは作った。
長年、存在しないことになっていた本(の山)の整理に取り掛かったのは、大晦日15時頃。
積み上がった本を収納、どころか新たに増やすべく、スペースを作るのが目標。
くり乃さんが手をかけて覗き込めるくらい、本棚に近寄れた(笑)のは1月2日、夜7時。
年始早々ズボラ返上、「お片付けブログ」にジャンル変更、は無理、絶対。

あれやこれやで初詣にも行けない、くり乃々の唯一のお正月が、これ。
舞台上のにらみ鯛がかわいらしいのだ。
初春文楽公演「義経千本桜」と「壷坂観音霊験記」。HPは、コチラ。
狐忠信(千本桜「河連法眼館の段」)は、どういう演し物でも誰がやっても観たい一幕で、
当代勘三郎が勘九郎時代にやったのは、タイムマシンに乗っても是非に観たい。
人ではなく、お人形なら、どう演るんだろう?
人形遣いは、狐の勘十郎(桐竹勘十郎)。
人形で手がふさがれてるから、飛び上がったり飛び降りたりが「よいしょ」(笑)ながらも、
動きは豪快、型は崩れず、わくわく感はタップリだ。
妖狐に戻れば、人形遣いさんも早変わり、狐火模様の白い衣装になって目を奪う。
鼓から狐が飛び出したり、吉野の満開桜を眼下の宙づり、
人が演っても人形が演っても派手で、アトラクションのように楽しい演し物。

「壷坂観音霊験記」は、眼病に霊験あらかたな壷坂寺信仰で夫婦愛を歌い上げる。
人間国宝、人気の太夫にさもと酔っている最中、夫・沢市に、情けないヤツと、
ツレが横で文句を言い続ける。
上方の芝居って情けないやっちゃなぁ・・・、という男が多い、実に多い、確かに多い、
八聯隊を出すまでもなく。
舞台の壷坂寺を思い出したら、なかなかどうして楽しかったんだけど。
無理解なりに回数みてれば、気になる太夫さんや三味線弾きさんも出てくる。
今までは演目で選んでいたけれど、そろそろ、あの語り、あのバチさばきでと、
そんな選び方もしたくなってきた。
「梅の花」で買ったお弁当。眠っちゃう(笑)から、禁酒。
でも、きっと4月公演は「加賀見山」。
お人形の憎々しげな「草履打ち」を観たいのさ(笑)
※悪因縁の上老が中老に、あらぬ罪を着せて草履で打ち付け、中老を自殺に追い込む。
 中老に仕える女中が、上老のお家乗っ取りを暴き、見事仇討ちを果たすという話。


土日の観劇は着物姿が増えてきたけど、初春初日のせいか、晴れ着が多くて眼福。
私は文楽では紬を着ることが多い(二等席だし)けど、正月だから柔らか物。
友禅の紅型風手引き染めに、ざっくりと八寸名古屋帯。
この着物、多彩なくせにシュッと合う帯が見つからない。(寒いから、白は着たくない。)
やっぱり、もっさりした取り合わせだなぁ…。
というか、春らしい、爽やか色の着物を持っていないことに気が付いた今日この頃・・・。



[ 2012/01/19 ] 和事礼賛 | TB(0) | CM(8)







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