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死出の衣装

川
病院で湯灌してもらった。
着せるお服のご用意はありますか?と、訊ねられたけれど、
何せ、息を引き取るなんて思ってもいなかったので、そんな用意はない。
病院の浴衣でよろしかったら、と言ってもらえなかったら、裸で帰るところだった。
主治医と看護師さんにご焼香頂いて、父を見送ってから帰宅すると、
父の死に化粧は、すでに始まっていた。

着物ならまだ着せることが出来る、とのことで、母は茶箱をひっくり返し、
部屋中に畳紙をばらまいている最中だった。
持ち主・お金の出し主(笑)問わず、着物は、全て私の管理下にあるので、
母が持ち出した縮ではなく、黒大島の袷に私が決めた。
なんせ、10月。
着物着付け講師たるキョーヨーが、私に単衣を許さない。
それに、まだツヤの残った顔に、大島独特のツヤが映える、と見えたのだ。

洋服だとしても、死出の支度は、足袋に脚絆なんだろうか。
葬儀社用意のそれに、三度笠でもあればイッチョ前の旅ガラスだ。
半身マヒがなくても歩くのが嫌いな父だから、これまた葬儀社さんに言われて、
大あわてで探し出した桐下駄じゃあ、賽の河原は歩きにくいことだろう。
今年は、余りにもたくさんの方が亡くなって、
父なんか、お裁きどころか、三途の川も後回しに違いない。
あるいは、懸衣翁と奪衣婆に罪の裁量は、と滔々と語っている最中か。

母や姉、私の海外土産のシャツにネクタイ、帽子、父が書かれた新聞記事も入れて、
最後は、参列者さんにたくさんの花を入れてもらって、
どうかしたら、顔さえ見えなくなりそうだった。
初めて袖を通した黒大島は、花や副葬品に埋もれて、
襟元さえも弔問客の目には触れず、父とともに旅立ったわけだけど、
長羽織に仕立て直せたのに、と今さら、考えんでもない私がいる。
六文さえ入れてないくせに、奪衣婆よりも阿漕な娘ではある。




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[ 2011/11/21 ] 未分類 | TB(0) | CM(-)

十月居待月

空
蒸し暑さが去り、雲は真白の紗を刷いて、青く澄み渡った空だ。
なぜ、空は高くなるのだろう、見上げれば、眩しささえ柔らかい。
こんな澄んだ日に、人は逝くんだろう。
ひゅいっと蜘蛛の糸が下りてきて、魂を掬うのだろう。
私は、そんな風に思っていた。

けれど、父が逝った日は雨だった。
「入院が長引いちゃうね、もう退院する気だったのに、かわいそう」
大学病院の窓に垂れ込める無機質な空を眺めながら、姉とそんな話をしていた。
リハビリや介護、退院後の、もっと厳しくなる見えない先ばかりを心配していた。
父が息を引き取るなんて、思ってもいなかった。

懸命であること。
人に対して、人生に対して、そうあることに容赦のない人だった。
父が求める信念とそれを貫く覚悟は、私に「生きる」を困難にした。
だから私は、父が苦手だった、窮屈で鬱陶しかった。
そのくせ、父は自分には甘い(笑)
お調子者で、酔っぱらってわいわい騒ぐことが大好きで、
家族は、ずいぶん恥ずかしい思いもしたのだ。

優しく出来なくて後悔するだろうとは、思っていた。
寂しくなるなんて、思ってもいなかった。
辛いというのでも、悲しいというのでもない。
寂しい、という言葉が、腑に落ちるなんて思いも寄らなかった。

私が想像していた空は、どんな風に青かったんだろう、
どんな風に高かったんだろう。
真澄の空に、ひらりと光る蜘蛛の糸がありはしないか、
そんな風に空を見上げる、秋。




[ 2011/11/14 ] 日々よもやま | TB(0) | CM(-)







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