2012 09123456789101112131415161718192021222324252627282930312012 11






スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

KOBE de 自転車散歩@神戸市兵庫区


兵庫大仏。あんまり美男子げほげほげほ。 
兵庫大仏。あまり、美男では・・・ごほごほ。
引越した友人宅訪問ついで、自転車で神戸を周ろうてなハナシになった。
ただ走るだけなのもナンなので、テーマは「清盛詣で」。
KOBE de 清盛」にのっかったんと、ちゃいまっせ(笑)
大河ドラマ史上最低視聴率云々の割に、JR神戸駅の駅リン君、近頃出番が多いらしく、
この日も朝10時半には行ったのに「あ、今、出払ってもた。」  が~ん。
友人は歩こうと言うが、本日のテーマは清盛ではない、自転車!
とりあえず、在庫確認してからJR三宮で借りることにした。1日500円。
港エリアを走れば、坂の街・神戸も快適なサイクリングができる。
って、ことで通称「2国(国道2号線)」沿いに、兵庫区に引き返すその途中、
下町風情の街中に佇む「松尾稲荷」、ここに「ビリケン」さんが祀られているので寄り道、
って、大阪人以外、ビリケンさんって知りはらへんわなぁ。
ビリケンさん。通天閣のんとはお顔が違う。
ビリケンさん。通天閣のとはお顔が違う。
ともあれ、松尾稲荷はお稲荷さん、ビリケンさんと商売繁盛づくし、
この一帯の客商売の願掛けを一手に担ってきたか、戦前の風情も漂う味なお稲荷さんだ。

さて、清盛詣での一番手、福原遷都をもくろむ平家の祈願寺となった「能福寺」。
小規模なビルが林立する周囲をよそに、いきなりにょっきり「兵庫大仏」がおわす。
以前にも来たのだけど、清盛の墓所「平相国廟」があったとは、ついぞ知らんかったわぁ。
大仏さんの右手にある桃山風の「月輪影殿」にも、初めて気がついた。
月輪影殿と説明版。
月輪影殿 説明版。
由緒にふさわしき華やかなご拝殿だが、阪神淡路大震災で大破の後、
ご信徒さんのご助力で、復旧されたとのこと。

その次が「真光寺」。ここには、清盛に茶を立てて献上したという井戸がある。
ザクロに反応してますが、ご膳水の井戸。と、清盛勧請の弁天様の説明版。
ご膳水の井戸。ザクロの方に反応。 清盛勧請の弁財天の説明版
その折に清盛が勧請したという弁財天は、1945年、神戸大空襲で焼失してしまったそうだ。
そこから少し港方向に「清盛塚」。
墳墓とは伝承のみで、真実は何のための塚、十三重塔であったのか。
阪神淡路大震災の折、塔は倒壊し、相輪部分に新しさを残しているのが、痛ましい。
さて、神戸スタジアムを横目にお太鼓橋を渡ると、港湾の気配は濃厚。
そこに「薬仙寺」。通り過ぎようとしたら、門前に「萱の御所跡」とデカイ碑が。
境内に入ると、後白河法皇幽閉跡地だと、恭しく石碑が説明する。
わがまま放題の道楽者で名を残す法皇さんの激憤は横目に、心が森閑としてしまったのが、
境内の左手奥にある「戦災・震災モニュメント」。
戦災・震災モニュメント。
1945年3月、神戸を見舞った大空襲の焼け焦げが未だに残る大和田橋の石材である。
逃げまどう大勢の阿鼻叫喚を焼きつけ、そして、阪神淡路大震災でついに崩れた一部が、
このお寺にもモニュメントとして残されているのだ。
最後、和田神社。和田の泊の築造に際し、厳島神社から清盛がご祭神を勧請したそうな。
庭園に、なぜか埴輪の模型が飾ってあるが、なぜか願掛けの巳さんも転がっている。
和田神社の紅葉。
和田神社の紅葉。
清盛の時代にはこの神社は海に面し、加護を願うには最適だったのだろう。
そして今、朱の大鳥居に、大震災で倒壊した記憶を刻み込んでいる。

兵庫運河に架かる、源平合戦のレリーフが施されたお太鼓橋「清盛橋」を、
えっちら漕ぎ戻りながら考える。
お寺に建てられた清盛系の看板は、いかにも大河ドラマにあやかったのが見え見えだ、
栄華を誇りながら一門もろとも時代の藻屑と消え、その後の歴史に血筋さえ
残せなかった平家の残したものは、形骸さえとどめず儚い。
それを見世物に仕立てるとは、バブル時に粗悪で空虚な神戸ブランドを売り物にした、
㈱神戸市のお手並みだ。
いや、皮肉るまい。私が見せられ見とった物は、一千年の遠い昔ではなく、
ついこの間の、10年単位の叫びと涙が癒えない過去なのだ。
浮薄な生を生きる合掌はあまりにも心許なく、あまりにも申し訳なく。

画面が汚いとか暗いとか、散々に言われているけれど、私には「清盛」、面白いんですけど。
「人」がまだ「人」で在るを許されない、鬼が跋扈する「今昔物語」の平安末期はさもあらんと。
KOBE de 清盛のHPは、コチラ。
レンタサイクル「駅リンくん」のHPは、コチラ。
関西圏お散歩過去記事の一覧は、コチラです。
垂髪風に分けてみました(笑)
女官風に垂髪ですの。
2回も毒吐きしたのに、長文でm(__)m


スポンサーサイト

古典芸能と日本を、しつこく憂う。

夕暮れは 雲のはたてに物ぞ思ふ あまつそらなる人を恋ふとて
大和盆地の夕焼け
橋下現大阪市長が府知事時代に、文楽鑑賞後ホザキくさった(しかも公務のクセに)
「二度とは観ない」発言は、伝統芸能・古典嫌い、または関心さえない方々には、
快哉する部分もあったのではないか?
私の周囲にも、伝統芸能を敬遠なさる方々はいるが、あえてはお誘いしない。
伝統芸能を「鑑賞する方法」をお教えするのは、僭越でもあるし面倒くさいし。
おっと、「上から目線、だから!」と、お気を悪くなさらないで。
伝統芸能に限らず、案外、鑑賞ごとには「方法」があるもんだ。
サッカーでも野球でも絵画でも、映画だろうと三谷幸喜だろうとヨシモトだろうと、
面白さ、ツッコミ所、感情の波に乗って楽しむには、ツボとコツがある。
そのツボとコツを掴む要所は、やっぱり個人の趣向でしょう。
漫画も本も何も読まない、と言うコがいた。ちっとも理解できないから、だそうだ。
彼には「文字」を、3D(卑近な世界)に引き寄せる手段がなかったのだろう。
私に数字、数式の美を理解する手段がないのと、同じように。

私の小・中学時代、情操教育とは「日本を否定する」ことのようだった。
日本の絵は、遠近法もなく平板。(浮世絵にも遠近はあった。)
邦楽は、二拍子で単調。(五線譜に落とし込もうとするから単調になるのだ。)
歌舞伎は荒唐無稽。(確かにw だけどシェークスピアだって相当でしょ?)
欧米に汽車が走り出した頃、日本は駕籠を担いでいた。
(比較してどうする。王侯貴族が手づかみで食事していた頃、日本では誰もが箸だった。)
日の丸、君が代問題は今に始まったワケじゃない。
日本の伝統文化・歴史は、旧弊で不合理で抑圧的だと、教師達は口を揃えて貶めたもんだ。
そんな教育で、どうして日本の文化を観よう、触れようという気になれるだろう?
どうして、日本という国を好きになれるだろう?
自分たちのアイデンティティを、どこに求めよと? それともそんな物は、不要だと?

戦後民主教育は、教師不信と反動を私にもたらし、
鏑木清方の透明な美しさに魅入り、長唄や歌舞伎のTV番組を観るとも無しに観、
ヨシモトよりも落語を好む、ババくさい子供を作った。
美術館でも歌舞伎、文楽においても私はイヤホンガイドは使わない。
鑑賞事は、目の前にある物を味わうお遊びであって、お勉強ではないからだ。
(だから、伝道者よろしくご案内するのがメンドーなのだ。)
ただ、子供たちが「関心を持てる」「共感できる」教育を、蔑ろにしてはほしくない。
ITやダンスの授業もよいのだろうが、和事の位置づけは、今、どうなっているんだろう。
バリで、子供たちのバリダンスやガムランの授業を観るにつけ、
自分たちがどんな「文化を持っているか」を知ることは、自分たちの幸福・幸運を知って、
自分たちの中に、揺るぎない根っこを持てることなのだと信じている。
ふふふ、アタクシが政権をとった暁には。
アタクシが政権をとったあかつきには・・・( ̄一 ̄)



[ 2012/10/22 ] 和事礼賛 | TB(1) | CM(6)

文楽と大阪を憂う・・・と、言ってみた。

2012年、国立文楽劇場における初春興業。満席でござんしたけど。
2012年初春。満席でござんしたけど。
大阪が誇る(べき)「無形文化遺産」文楽の関係者達と政界の風雲児??大阪市長との
和解?が一歩、進んだようだ。
大鉈を振るって脅しつけ、一転、歩み寄りの姿勢を見せつける。
劇場型首長の常套的手口とも言えようが、伝統芸能「文楽」の一ファンからすれば、
実に腹立たしくも苛立たしい、腸が煮えくりかえる日々だった。
もっとも橋下市長にとっては、「古典を見る人間は変質者」らしいので、
(大阪市民でさえない)変態の怒りなど、知ったこっちゃなかろうが、
ご高説の意気も軒昂が過ぎて、切らんとする「文楽協会」も「文楽」もごちゃ混ぜ、
何をしたいか何をすべきか、自分の言葉に迷子になった風は、どうにもいただけない。

彼が異常扱いする古典には、古典たりえる存在理由がある。
日本人としての美しい挙措の基本が「能」にあるように、
「大阪」の言葉、音の美しさの基本は「文楽」にある。
「古典」とは日本の風土が育み、また、日本の風土を育んできた養分、
日本人としての有り様の拠り所、指針でもあるはずだ。
侘び寂びの芸事に触れずとも、日本が慈しんだ独特の美学は日常の傍らにこそある。
湯の沸く音に風を聴く、空白が生む色の彩、無音の余韻。
日本の美があるから、だから、無神経な音と醜い色が溢れかえった街でも生きていける。
伝統、古典が体現する文化とは、そんな美を見出す力の縁(よすが)。
何を美しいと感じ、判ずるかは、美しさの如何を知ってあればこそ、だ。
無知で良しと黙認すれば、日本人としての振る舞いさえ覚束なくはならないか?

そんなだから、「曽根崎心中」の道行きを「演出不足」などとホザいて、恥を知らない。
文楽でも歌舞伎でも、時として人の死に様はエグイ。残酷趣味で過剰にグロだ。
あの「なぶり」を好まない私としては、今の「曽根崎心中」のラストは深閑として、
消えゆく命の哀切が身に染みて好きなんだけど、私人の感想ならまだしも、
公人としての観賞で差し出口なんぞ、ナニサマ!? 「首長サマ」は、興行主か金主か?
 ※現在、掛けられている「曽根崎心中」は、江戸時代以来途絶えていた上演を、
  昭和30年に改め復活したもの。近松本そのままなら、もっとグロイんでは。

雪が塗り込める闇、雪が封じ込める音、雪が凍らせる消えた命。
息詰まる終焉にどうやら、彼には何も聞こえず、何も感じず、何も見えないらしい。
そんな橋本市長には憐憫をもよおすけれど、せめてブチ揚げた中の一つでも、
大阪で成し遂げてくれないと、リッパナゲンセツが腑に落ちない。
彼の尻馬に乗った人間達は、どんな馬に乗ったつもりで、どんな乗り手となるのやら、
ノリの軽さを身上にせず、性根の据わった手綱さばきをご披露頂きたい、てか、
馬場に入場させていいのか、有権者! 
と息巻いてたら、諸々発言で支持率が下がったか。
プライベートタイムで国策。綱渡りもエエトコ、国民はビビってまうで。

アタクシに任せなさい!
アタクシにお任せなさい。
フェチに「変態」呼ばわりされる(シツコイ)「無形文化遺産」文楽のHPは、コチラコチラ。
11月公演は、通しで「仮名手本忠臣蔵」。
「衰退」、そぉお? 昨今の和事流行りもあって若い人は増えてきたし、
私が行くのは平日のお昼間じゃないから、チケットとるの大変なのよ、橋下さん。





[ 2012/10/15 ] 和事礼賛 | TB(0) | CM(4)







上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。