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猫又的バリのチップ事情

深閑とした黒砂の浜、好きな景色だ。ロビナにて。
ロビナの黒砂の海岸
バリで大いに悩むのが、チップ、だ。
これがいっそ、アメリカのようにチップ前提であれば、込みの料金で考えることが出来る。
(行ったことがないけど。)
悩むのは、観光化に伴いチップ文化が流入した、という地域。東南アジアだ。
そもそも、チップはヤッパリ必要なのか?
「何か手を煩わしたときに、お礼として」とモノの本には書かれているけれど、
手を煩わすって?だって、道や店を教えるのはフロントの仕事じゃないの?
そもそも荷物を運ぶのはポーターの仕事で、部屋の掃除はお掃除係の仕事でしょ?
それにガイドや運転手には対価を支払っているはず、なのに、チップ
100円がそもそも大の大人に渡しづらい金額で、かといって、500円も渡したくない(笑)
そんなアレコレを考えると、もういい、自分でやるからほっといての気分になる。
かといって払わないか、と言えば、そんなことはない、やっぱり渡すようにはしている。
だけど、そのタイミング、その多寡はやはり大いに悩ましい。

サヌールの凧揚げフェスティバル。クールなグループ(笑)
凧揚げフェスティバルにて。クールなグループだった(笑)
日本人旅行業者の本音部分を読むと、やはり今のバリに於いてはチップは不可欠らしい、
元々、お駄賃のような風習はあったそうだし。
けれど、ケースバイケースの「この時は要る要らない」が、どうも解らない。
手を煩わせたホテルレストランで、ルームチャージなのにどーすればいいの?
「朝食は好きな場所で」てのが前提の場合、部屋や庭に持ってきてもらったら?
辺鄙なホテルのフリー送迎、これもやっぱりチップはいる?
そんな場合、チップ文化の方々は如何に?と、観察するがよく解らない。
ただ、渡すときには握手をしている、とは気が付いた。
お財布を出して、はヤボ、となると、常に!小銭をポッケに用意しとくワケだ。
って、女はポケットのない服だってあるから、ツレが一緒ならヤツに出さすんだが・・・。
例えばマッサージ。身支度してる間に施術師はいなくなるし、それなら、
終わってすぐ、裸んぼで手提げからチップを出すのか?
それとも、マッサージの間中、手に握りしめておく? ……、それはイヤやろ。
そんな不器用な貴方のために、「チップ箱」を設けているお店もあるからご安心を(笑)

お祈りでバリの1日が始まる。サヌールにて。
朝のお祈り。ホテルセガラアグン近くのお宅にて。
いずれ、チップ込みの金額を正規料金と考えるならば、決して物価は安いとはいえない。
逆に、高サービスが附帯する日本の物価が高い、とも言えないんじゃないか?
日本人のチップ下手というのも、実のところ、目には見えない「商品」を提供して「なんぼ」、
そんな問屋商売的労働が当たり前なせいかもしれない。
東南アジアにおいて、日本人がチップ相場をつり上げている、ってのは昔のハナシで、
今や、日本人はチップをくれない、が定評らしい。
・・・、にしても、チップ習慣がない文化に、自分たちの文化を持込んだ欧米人達を
恨むのは私だけだろうか。
しかし、ロビナでもミンピでもあの長い長い暑い道を歩いて、洗濯物を取りに行くとき、
チップを払うから届けてくれぇぇぇえええ、とは、思っていた。
じゃあ、ホテルのランドリーサービスを使えよ。てのは、ナシで。
このお供えはウチのや、見にゃんといて。サヌールにて。お供えを物色中。見んにゃ。
ようやっと、もうじき終わりそうなバリ旅行記の過去記事一覧は、コチラです。

乾燥地帯なので唐辛子が名産品。この3倍ほど出荷していた。バニュウェダンにて。
乾燥地帯なので唐辛子畑が多いのだ。ムンジャンガンにて。

※ 質問を頂戴しておりましたので、(ささやかな)お役立ち。
ベモやタクシーにチップの心配はない。お釣り分を勝手に、チップと判断しやがるから(笑)
一人で乗った時、RP10000のタクシー代にRP50000札で払ったら、ツリを返さない。
サスガに、「小銭を作ったるから返さんかい、わりゃ(`Д´メ)」を、上品に申し出たら
シブシブお釣りをくれたが、Rp35000。自分で勝手に、チップ額を判断したようだ。
でも、RP5000のチップは妥当とお淑やかに降車した。(腹が立ったので払いたくなかったが。)
バリなら、悪質ドライバー注意と旅の掲示板に書いたかも(笑)
適正価格は、タクシーだと10%か端数。ベモは現地の方よりも高い運賃(30分程度でRp10000)。
その程度は、言葉が通じない手間賃、と割り切る「ようにして」います。
が、取り敢えず、ベモの運転手に金額を聞かないこと(笑)
同乗者やホテルスタッフに聞いた金額を出せば、四の五の言いません、経験上。
チャーターでもしない限り、料金交渉は考えない方が無難です。(チャーターの経験はない。)
繰り返しますが、乗り物の代金は、くれぐれも大きなお金(お札)で支払わないよう。
お釣り分はチップ。ボッタクリの悪意ではなく、それが「観光客」への商習慣なのですから。
丁子収穫のお手伝い中、撮って撮ってとせがまれる。スンビランにて。
グローブ収穫のお手伝い中、カメラを向けたら大喜び。スンビランにて。
上記記載はあくまで私見ですので、
実際とは異なる部分があればお許しください。

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[ 2013/11/25 ]   情景・バリ | TB(0) | CM(8)

クリスチャンの街・パラサリ(Palasari)②

Knockin' on Heaven's Door そこは椰子の葉がゆれる南国だった。
天国への扉。庭園への入り口、だったかな?
教会を一渡り見学し終えたら、寺男さんは境内も案内してくれた。
境内は庭園風に設えてあり、奥にはグロッタ(人造洞窟)も作られ、マリア像が祀られている。
その意匠はタイガーバームガーデン(アジアの不思議な建造物)的キッチュさというより、
正統派カトリック的キッチュ、イタリアやフランスの聖地に似ていた。
グロッタ(人造洞窟)。前庭では礼拝も行われるんだろう。(下に椅子が収納されているから。)
宗主国の影響で、バリのキリスト教はプロテスタントだと思い込んでいたが違うんだな。
修道院(多分。造りがロの字で小部屋が連なっているから)では、鳩や兎が飼われていた。
大層立派なオンドリまでいて、やっぱり闘鶏用なんだと。おいおいおい、修道院なのに?
それとも、闘鶏用のオンドリを救出したとか??
それとも、元修道院で、今では違う用途に使われているだけなんだろうか?

糸杉風に剪定され欧州チックだが、もちろん杉ではない。(じゃぁ何?と聞かれてもアタシにゃー解らん。)
欧州の糸杉風に剪定されているが、もちろん杉ではない。
バリのお寺で、寺男さんや寺女?をよく見かけるけれど、私は聖職者を見たことがない。
と言うより、ヒンドゥの僧形を知らないということに、今、気が付いた。
この教会でも、修道僧や神父さんをお見掛けしなかったなぁ。
そういえば、バンジャールテガ(仏教)寺院でも、僧侶をお見掛けしてない。
導師って感じの方はいたけれど、バリでは私の知識内の僧形とは異なっているのかな。

不思議と涼やかな静けさだった。
静かな街並み。
このクリスチャンの街・パラサリは家々も大きく、ステンドグラスや木彫もあって、
デコラティブであった。
コリ(バリ風の狭い玄関口)は、バリヒンドゥの宗教観によるものかと思っていた。
バリ人にとって複雑な木彫を施したコリは、クリスチャンであっても
慣れ親しんだ「装飾」なのかもしれない。
各地から集まり開拓した集落には苦労が尽きなかったことだろう。
けれど、今現在のパラサリは、経済力が醸せるしっとりとした落ち着きを感じた。

美術品のようなコリ。そして壁には聖書の一場面のコテ(?)絵。
美術品のようなコリ。そしてその横にイエスキリストのコテ絵(?)
最後に、尾籠なお話しを一つ。
この街でついに、私に、来た。神が降臨したのではない。お腹に、来た。
駆け込んだ公共トイレは照明こそなかったけれど、洋式トイレでピカピカに磨かれていた。
日本のパブリックスペースのお手洗いなんて、比じゃないくらいには清潔だ。
お手洗いも美しかったが、この街には、ゴミも落ちていなかった。
毎朝、家の周囲まで掃除をするくせに、バリ人は、ぽいぽいゴミを道端に捨てる。
それがこの街では、ゴミが落ちていないのだ・・・。
キリスト教とともに西洋風マナーが伝播したか、あるいは、
宗教的にそういう指導があるのか、それは不明だけれど。
不思議な街だった。てか、疑問があれこれ浮いてきて、答えを知りたい。
また、あの静かな空間を、息を潜めて歩きまわりたい。
それにパラサリの近くには、もう一つ、プロテスタントの街もあるそうな。
さぁて、ベモで行けるかなー。近くにホテルもあるけど、・・・、高いんだよな・・・・・・。

コイツが悪い。(ミンピで最後に飲んだブドウジュース。)
コイツのせいですわ。 
終わりそうで終わらないバリ旅行記の過去記事一覧は、コチラです。
[ 2013/11/18 ]   バリ・行道楽 | TB(0) | CM(6)

クリスチャンの街・パラサリ(Palasari)①

ファサードの段々?に付いている飾りが、ウブド王宮の割れ門みたい。
ファサードの段々?に付いている飾りが、ウブド王宮の割れ門みたい。
バリ旅行最終日、昼にチェックアウトして、アルナブアナの迎えを待つ。
空港に向かう途上、クリスチャンが多く住むというパラサリ(Palasari)に行く予定。
バリ島西部の海岸線を、ジェゴグと水牛レースで名高いヌガラ方面に向かうその途上、
ミンピを出たら、車で、ん~~~~、1時間くらいか・・・。
ベモならば、ギリマヌ方面を拾ってチュキまで。そこでヌガラ行きに乗り換え・・・、
まで調べて、アルナブアナの空港送迎ついでに、立ち寄ってもらうことに決めた(笑)
(ベモはギリマヌから、ヌガラ行きとロビナ行きが出ている。ミンピはロビナ方面に乗る。
逆にミンピ近くからギリマヌ行きは試し済みだが、ヌガラ行きもあるかどうは不明。)
さて、スンビランに行く時は、迷って迷って、車酔いでもぉ、降ろしてくでーに
なったが、パラサリには迷わずに行けるかな?って、迷いましたさ。
どうやら、道を調べるのはガイドの仕事らしいんだが、このガイド氏・・・、再々、
「こんな所、行ったことがない、バリ人でも行ったことがないから道に迷った」という。
……。あ、そう。まぁ、よくある話だし、道に迷ったことを怒っているワケでもない。
今度から自分で地図を用意するから、運転手さんだけいればいい、そう思ってしまう(笑)

子供たちが遊ぶサッカー場(広場)から見た教会。空に浮かんでるのはUFO、ではなく凧。
子供たちが遊ぶサッカー場(広場)から見た教会
ああ、横に逸れた。
イスラムが多いインドネシアの中で、ヒンドゥ教徒が集まるバリ島。
そのバリで少数派のキリスト教徒達が、生地を離れコミュニティを作ったのがパラサリ
ベモ道から複雑な道を経た山中にある。(迷ったせいで複雑に感じたのかも)
どんな田舎かと思いきや、その集落、いや街は広々と拓け、
私の「迫害されたクリスチャンの隠れ里」のイメージは大きく覆される。
全ての道路が悠々と幅があり、子供たちが凧揚げをする広場は、
赤茶けた土ではなく草のグラウンドで、棒杭ではないゴールポストも置いてあった。
その広場の横手、小高い丘に、想像以上に大きな木造の教会が建っている。
「中には入れない」というガイドを横目に、掃除中の寺男さんと交渉、
快く中に入れてもらう。
外観は昨日まで再々、目にしてきたプラともモスクとも違う。
ロシア正教会の色合いのような。でも違う、何かがかなり違う。  扉の上の石彫り。Theバリ。
どの時代の教会様式でもない、夢想を具現したような特異さでありながら、
中は磨き込まれたワックスの匂いに満ち、瀟洒な木枠の窓、欧州の彫刻モチーフ、
日本に残る木造の古い教会にも似た、整然とした美しさに、私は違和感を感じている。
祭壇も撮影させて頂いた。オーブもいるが傘もある^^;;
(上)後陣方向と(下)前室方向。教会だけどパユン(お祭りに欠かせないバリ傘)もあります。
天井は板張り。
違和感、ではなく、己が立っている時空間の心許なさ、
今、自分の眼前にある光景への信憑性、とでも言おうか。
美しい木枠の窓の向こうでは、椰子の葉が揺れている。
ああ、私はやはり南国にいるのだった。

割れ門。
この教会の正門は、大きな割れ門になっている。
バリヒンドゥに則り悪霊を通さないため、幅狭に造られているのが「割れ門」だそうだが、
様式だけ真似たこの割れ門は、幅広でウェルカムに造られている。
キリスト教を選んだが故に、生まれた村に住みづらくなった人々の
ささやかな抵抗のような、郷愁のような、そんな気もした。
バリと言えば、割れ門。向こうには大韓エアの荷物が。 ご参考までに。ングラライ空港の割れ門。新しくなった空港にもあるんだろうか。

人口密度が高くなったため移住したという説もあります。
教会が傾いているのではない。私の腕が・・・。
教会が傾いているのではない。私が傾いているんだろう・・・、多分ね(笑)

あと、少しなんだけど・・・、バリ旅行記過去記事一覧は、コチラです。
[ 2013/11/11 ]   バリ・行道楽 | TB(0) | CM(2)

バリに行かずにはいられない②

ベモ道沿いに、いつも店だししていたDVD屋台。結構、若いコがタムロしてたなぁ。
いつもここに店だししてたDVD屋
ラダちゃんチの近くまで来ると、妹ちゃんはバイクを停めて
「お客さ~ん!日本人のお客さんだよ~~!!」と大声で呼ばわった。
ラダちゃんは、道端にあるDVD屋台で遊んでいたのだ。
そう。今回、解ったのは、彼女の名前がアダではなく、ラダ、だということ。
フルネームは、とてもじゃないが憶える以前に、聞き取れません(笑)
まぁ、それはお互い様ってことで。
花も恥じらうお年頃になったラダちゃんは大人びて、それでも闊達なのは変わらない。
お家に帰るやいなや、私達をほったらかしてケータイで電話ばかり、
お邪魔だったかと不安になったが、ご家族みんなを呼び戻してくれたのだ。
お母さんはご近所にいたらしく、慌ただしく帰ってくるし、
お父さんは棟上げのお祝いだったようなのに、正装姿で帰ってくるし、
そして、英語が唯一喋れる人材として、仕事中のお兄ちゃんまで呼び戻したらしい(笑)
ラダちゃんは電話で何か駄々をこねてる様子だったが、ダイジョーブか、兄ちゃん。
制服のままだったけど、早引けしてきたのかな?中休みかな?
彼はノーバスガワナのスタッフで、見るからに賢そうで穏やかな青年だった。

お父さんがなぜか、いない!お兄ちゃん、彼女、ラダちゃん、お母さん^-^
お兄ちゃん、彼女、ラダちゃん、イブ
ラダちゃんは7月生まれ。
市場近くのお宅でも見かけたけれど、この辺りの習慣なのか、
軒先に、「Happy Birthday」と横幕がかけてある。
1ヶ月くらいは、そうやって出しておくのだそうだ。
お母さんは私のインドネシア語にいたく感心してくれ、なぜかお父さんに自慢してくれた(笑)
私は、この日のために「オウム・スワスティアストゥ」の発音と所作を習っていた。
バリ語の最上級挨拶。神々が平安と幸福をお与え下さいますよう、という意味。
いきなりやって来て図々しく上がり込む私を歓迎してくれる一家に、せめて、
精一杯の感謝と礼を尽くしたかった、お母さんは、そのことを解ってくれたのだ。

立派なもんだよぉ!(自分ちの子のように自慢してみるW)
どぉです!立派なもんでしょう?^0^
ラダちゃんは高校で、日本語の勉強を始めたという。
教科書はわら半紙に刷った副教材程度のようで、イラストもなく、
ローマ字で単語が連なっていた。(落書きがいっぱいしてあった笑)
私の指さし会話集を見せながら発音していると、けらけら笑いながら繰り返す。
バリ舞踊を見せて、とお願いすると、照れてなかなか立ち上がらない。
こういうとこ、日本のお年頃の女の子たちと同じ反応だ。
それでも、お母さんに促され、サロンを引っ張り出して来た。(必ず、サロンを纏うのか!)
いざポージングをすると、その時だけ、お母さんの目は厳しく、指の形、肘の位置を直す。
何とも見事に、庭で一指し舞ってくれたが、一緒に踊れと言う。
かった~~い股関節を精一杯広げ、小さな目を見開きキョトキョト動かしてみせると、
みんな大笑いだ。
いつの間にやら、お兄ちゃんの彼女も増え、早、日暮れ時。
ラダちゃんとお兄ちゃんの彼女とで、バイクでミンピまで送ってくれた。
前と同じように一生懸命インドネシア語で、後の私に語りかけてくれる。
日本語を勉強する(集中はしてない様子だけどw)ラダちゃん、
いずれミンピで働けるといいなぁ。
旅も終わり、私の指さし会話集は、ラダちゃんへのもう一つのプレゼントとした。

ミンピリゾート横の入り江から漕ぎ出す漁師さん達。
ミンピリゾート横の入り江より漕ぎ出す漁師。
この一家に囲まれていると、バリマジックを信じてしまう。
ラダちゃんやウバチャラのお宅、そして、「愛國の花」を歌ってくれたお父さん
この人達の衒いのないホスピタリティたら、どうだろう?
バリに行きたい、バリに行かなくてはいけない、この人たちに会いに行かなくては。
そんな魔法が、バリには満ちている。
世界最強の観光客誘致作戦である(笑)

このご家族訪問の発端記事が、コチラ。
その後の訪問記が、コチラ。コチラ。
終わりそうで終わらないバリ旅行記の過去記事一覧は、コチラです。
[ 2013/11/08 ]   情景・バリ | TB(0) | CM(6)

バリに行かずにはいられない①

枝払いをするイブ。なぜかいつも女性がしてるんだよなぁ・・・。
枝払いをするイブ。なぜか女の人がよくやってるんだよなー。
さて、お友達に会いに行かなくちゃ、その為に錆び付いた脳みそを軋らせながら、
私は「初歩インドネシア語」を勉強したのである。
手製のインドネシア語辞書と指さし会話本を手にして最初に訪問したのは、
ウバチャラがあったお宅の方。
一本道だから、すぐ解るやぁ~と思って歩き出したら、あれ?あれれ?
のどかな道筋が、のどかなりに変化している!
新しい大きなお家が増えたり、建て代わっていたり、空き地(畑)が減ってしまった。
こんなだっけ、どんなだっけ、どこのお家だったろう、う~~ん・・・・・・。
幸い、さしずめ棟上げのお祝いか、建築中の家に大勢の人が集まっている。
前回と同じ方法、渡すつもりで持ってきた写真を取り出し、この人達のお家はドコ!?と、
聞いて回る、と、その中の1人が、もっとあっちだよと教えてくれる。
記憶よりまだ遠かったのだ、と、歩き出すと、乗せてやるとバイクを指さす。
躊躇(3人乗りが恐い)、遠慮すると、折り返してツレも連れてってやる、と言う。
何て、親切なんだ!
バイクで送ってくれたお兄さん。後光で顔が白くなっちゃった。
ものの5分とは言え2往復もさせて、ガソリン代でもと渡そうとしても固辞する。
「てりまかし、ばにゃっ」を繰り返すのが精一杯だ。
たくさんたくさん、本当に有難う。

一家で記念撮影!ちびっ子達、大きくなったなぁ。
左からイブ、バパッ、妹ちゃん、弟嫁さんとベビー、ご主人、ウバチャラ赤ちゃん、ご主人の奥さん。

記念撮影!ちびっこたち、大きくなったなぁ。
さて、ウバチャラ宅では、なんと門前に小さなワルンを建てていた。
すらまぱぎ~と、訪うと、赤ちゃんを連れていた若いお母さんが、私の顔を見るや、
「日本人が来た~」と、大喜びしてくれた。
おじいさん、おばあさん、ご主人、お嫁さんと妹さん達、チビッコ達、みんな元気元気。
うれしいなぁ、こんなに喜んでくれて。
お商売モノのジュースも出してくれて、しばしバレでとりとめのない会話をする。
以前は、よく分からなかった家族関係が、私のチョー拙いインドネシア語で、
何となく解ってきた。
アダちゃんのママが、ここんちの娘さんで、ご主人と姉弟、お嫁さんと弟嫁さん、
そしてこの中学生くらいの女の子が、妹。え!?妹!?
え!?おばあちゃんの娘・・・?? う~~~ん、ちょっと自信なくなる(笑)
何のお話ししたか、忘れちゃった。
バレに座り込んで、日本語バリ語、インドネシア語で、四方山話の機微はきっと、
どこも変わらないモンなんだろう。(て、コトにしとく。)
今からアダちゃんチに行く、と言うと、妹ちゃんとご主人がバイクで送ってくれた。
今回は、ホテルスタッフにもこうやって、乗せてもらうことが多くて、
ほっこり嬉しいことが多かった。

下記リンク(訪問記がコチラ部分)の坊主頭のチビッコがこのお嬢、ウバチャラの主役赤ちゃんだったの。
このお嬢が、ウバチャラの赤ちゃんだったのよぉ。
このご家族訪問の発端記事が、コチラ。
その後の訪問記が、コチラ。コチラ。
終わりそうで終わらないバリ旅行記の過去記事一覧は、コチラです。
[ 2013/11/04 ]   情景・バリ | TB(0) | CM(12)







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