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十月居待月

空
蒸し暑さが去り、雲は真白の紗を刷いて、青く澄み渡った空だ。
なぜ、空は高くなるのだろう、見上げれば、眩しささえ柔らかい。
こんな澄んだ日に、人は逝くんだろう。
ひゅいっと蜘蛛の糸が下りてきて、魂を掬うのだろう。
私は、そんな風に思っていた。

けれど、父が逝った日は雨だった。
「入院が長引いちゃうね、もう退院する気だったのに、かわいそう」
大学病院の窓に垂れ込める無機質な空を眺めながら、姉とそんな話をしていた。
リハビリや介護、退院後の、もっと厳しくなる見えない先ばかりを心配していた。
父が息を引き取るなんて、思ってもいなかった。

懸命であること。
人に対して、人生に対して、そうあることに容赦のない人だった。
父が求める信念とそれを貫く覚悟は、私に「生きる」を困難にした。
だから私は、父が苦手だった、窮屈で鬱陶しかった。
そのくせ、父は自分には甘い(笑)
お調子者で、酔っぱらってわいわい騒ぐことが大好きで、
家族は、ずいぶん恥ずかしい思いもしたのだ。

優しく出来なくて後悔するだろうとは、思っていた。
寂しくなるなんて、思ってもいなかった。
辛いというのでも、悲しいというのでもない。
寂しい、という言葉が、腑に落ちるなんて思いも寄らなかった。

私が想像していた空は、どんな風に青かったんだろう、
どんな風に高かったんだろう。
真澄の空に、ひらりと光る蜘蛛の糸がありはしないか、
そんな風に空を見上げる、秋。




[ 2011/11/14 ] 日々よもやま | TB(0) | CM(-)

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