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愛國の花、時にBunga Sakura

高度感が飛んだ写真だけど、山の端より。海岸線は一面の椰子の木。
山の端より。海岸線に向かって広がるのは、一面のヤシの木。
私達はバリアガの村、スンビラン(Sembilan)を捜していた。
南部リゾート地サヌールからキンタマーニを経由し、ロビナへと北上する途上だ。
細い山道を行きつ戻りつ、右に左にハンドルを切るから、道に迷ったことは知れる。
私は車酔いでバリアガスンビランも海を見晴らす素晴らしい(らしい)眺望も、
すっかりどうでもよくなっている。

お父さんに言われて、椰子の実ジュースを作ってくれる大工?のおじさん。
お父さんに言われてヤシの実を割ってくれている、大工?のおじさん。
途中、小学校(多分)を頂点に、数軒の家々が点在する小さな小さな集落で車を降りた。
(ガイド氏は「ここがスンビラン」と大うそをこきやがった。)
普段なら、私は学校や小さな店舗、人の集まってそうな場所を目指すのに
この時、ふと昔ながらの竹網の家壁に惹かれ、一軒の家に足を踏み入れてしまった。
いくら何でもいつだって、住人が誘わない、人影のない敷地に入り込んだりはしない。
なのに、まるで招かれた客人のように堂々と庭を歩く自分を、不可思議に思う自分がいる。
ほどなく子供たちがお母さんと一緒にわらわらと出て来て、咎められることもなく、
どこから来たの、どこにいるの、どこに行くの。(まるで人類の、永遠の三命題ではないか。)

演奏してくれるお父さん。このバレはオーディオルームのように機材が揃っていた
演奏してくれるお父さん。このバレはオーディオルームでもあったのだ。
お父さんは仕事の手を止め、敷地の案内をしてくれた後、
バレ(反屋外の東屋)に招き上げてくれ、椰子の実ジュースを振る舞ってくれた。
私が目を止めた竹の木琴演奏まで披露してくれて、ふと思い立ったように、
子供に電子ピアノ(ヤマハ製!)を持ってこさせて、何やら一節、歌ってくれている。
何だろう?私達の顔を見るので、何か日本の歌らしいが、何だろう?
思い出しながらキーを探る彼は焦れて、伴奏はやめ記憶にあるまま、声を張り上げた。
「しろきふじ みくににつくすおみならは やまざくら」
聞いたことはないけれど、聞き取れた歌詞は何となく愛国調だ。
日本の古い歌、軍歌? ピンときた様子の私に、彼は満足そうに笑顔で肯く。
1942年。おじいさんが日本人(兵?)と働いた時(徴用?)、習い覚えたそうだ。
そして終戦後、村に帰った後々も歌い続け、子守歌として聞いた彼も覚えたという。

お台所。お母さんはお芋を茹でていた。長男坊メッシ、つまみ食いを狙う。
お台所。お母さんはお芋を茹でていた。
アジアを旅する時、無視してはいけない感情が波を打つ。
戦後民主教育のただ中で育った私達は、軍歌は知らない、歌ってはならない物だった。
彼にそのニュアンスが伝わったかどうか、ちょっと不審顔のまま、
おじいさんはこの歌をよく歌っていた、日本人の話もよくしていた、と言う。
いつか日本人に会ったら、この歌を聞かせたいとも。
だから彼もいつか日本人に会えば、歌い聞かせよう、そう思い続けていたという。
私は、言葉を見付けられない。
どうしても目を背けてしまう私の中の捻れと、日本人を懐かしむおじいさんの情。
私は、彼に伝えるべき言葉を、どうしても見付けられない。
聞き取れた歌詞の意味を、インドネシア語に置き換えて説明するだけだ。
日本に帰ったら、その歌を調べるね、そして意味も調べて、教えに来るね。
それが精一杯の私に、彼は日本人に会えて良かった、今日は良い日だったと言ってくれる。
郵便が届かないこの村に、また来られるだろうか。でも、来なくてはならないのだ、
私の中の捻じれを言葉で正して、それを彼に伝えるべく。
2012年7月。
こんな風に、私はバリを旅していた。

※ 軍歌ではなく、「愛国の花」という歌謡曲…、
   といっても国威発揚の歌謡曲でした。お嫌じゃなければ、ぜひに。
  「真白き富士の気高さを 心の強い盾として
   御国につくすおみな(女)らは 輝く御代の山桜
   地に咲き匂う国の花」
  「ブンガ・サクラ(桜の花)」として、インドネシア語で作詞するほど、
  スハルト元大統領の好きな歌だったそうだ。
  インドネシア人情緒に訴える歌詞、メロディなんだろうか?

昔々からある祠。敷地内にあるから祀っているそうだ。後ろの石垣はスレート石。
            産地なのか、この集落周辺でよく見た。

        昔々からある祠。敷地内にあるので、祀っているそうだ。この辺りは、スレート石が採れる。




[ 2012/08/05 ]   情景・バリ | TB(0) | CM(6)

東南アジアの方々の日本人に対する感情は、それぞれで。。。
同じ地域でも。。。
やはり、戦争の遺物なのか。。。
一族?一家?に伝わる何かしらの感情なのか。。。
考えさせられること、多いですね。
でも、戦争を知らない世代の方も多くて。。。
[ 2012/08/07 19:48 ] [ 編集 ]

釜山港の蛙

オラが

広島や長崎で

ろっけんろーるをシャウトする


キャンプ横須賀であーるあんどびーを踊る


猿と呼ばれてにやついて

ピーナッツバターで懐柔されて


それでもオラは歌うんだ
[ 2012/08/07 20:22 ] [ 編集 ]

おはようございます。

懐かしい景色だ~
 ほんと綺麗だね。

キンタマーニからシンガラジャに抜ける途中に
結構 苗木屋さんとかあって
 マンゴーやランブータンの苗を買い込んだことがあります~(笑)
[ 2012/08/10 08:45 ] [ 編集 ]

HANG ZEROさん

HANG ZEROさん

すり替えではありませんが、インドネシアは、
賠償としての経済支援、またODAに対しての評価を
政府がきっちり表明している、
そういう局面もあると思うんです・・・。
だからといって、個人レベルでは様々なんでしょうが。
日本でもそうですものね、一概には言えません。
[ 2012/08/21 17:34 ] [ 編集 ]

ソレントの蛙、がいい。

chaboルンカカトゥアさん

・・・・・・・、相当くるしい・・・・。


ロンドンオリンピックで聞いた

We Are The Champion

ちょっとベタすぎ。

でもやっぱり、聞きたくなった。

音楽の不思議。


[ 2012/08/21 17:47 ] [ 編集 ]

bali★toshiさん

bali★toshiさん

ええ?苗木屋さん、あったっけかな~~。
気が付かなかった、損した。

でも、買い込んだって、持って帰れないのに?
お友達のお庭に植えたんですね、きっと。

ハナフィさんちで出て来るフルーツは、ひょっとして?(笑
[ 2012/08/21 17:50 ] [ 編集 ]

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